西村真悟 論文紹介
掲載雑誌:月刊日本 9号 p.118~121
発行所:株式会社K&Kプレス
コラム名:歴史に学ぶ(三十八)
ヒロシマの平和を疑う
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≪論文抜粋≫
かってこの地に居て被爆し亡くなった人々の無念、そして
今慰霊碑の前で静かに並んで合掌している人々の誠を感ずればこそ、
8月6日の平和公園に醸し出されている空気をなんと呼べばいいのであろうか。
あまりにも、慰霊とかけ離れているのだ。
ここはベトナム戦争中のアメリカの「反戦集会」つまりピッピーの群れる広場に似ている。
そして、このピッピー的ムードを作り上げている集団がもつ思想傾向と
朝に集まった総理大臣や衆参議長が正真正銘の左翼であることを考えれば、
広島の平和公園にもっともふさわしい名称は「赤の広場」である。
8月6日の平和公園は、反日左翼がヘゲモニーを握り政治的に慰霊を仕切る「赤の広場」となる。
その「赤の広場」を後にして広島城の方向に歩く。
そこにあるリーガロイヤルホテル広島で、昨年と同じように、
田母神前航空幕僚長を講師として「ふたたび ヒロシマの平和を疑う」という
集会が開かれたからである。
そのホテルに着くと、前の道路をデモ隊の群れがシュプレヒコールをしながら行進してきた。
広島とは関係のない地域の赤旗また旧国鉄時代からの左翼労働組合の
赤旗などが掲げられている。
繰り返されるシュプレヒコールは、「田母神は―、ヒロシマから出て行け!」であった。
こういう言論糾弾・言論封殺デモは、左翼の特徴である。
小生も以前、防衛政務次官のとき、いわゆる「核武装発言」をしたが、
その後大阪城近くの会場で講演をする際、同じような集団に
「西村真悟―、出て行け―」と叫ばれた。
「赤の広場」からホテルまで歩く途上でも日本とアメリカを攻撃する
左翼の同じようなシュプレヒコールとデモ隊の行進に出会った。
この時、午後5時過ぎであった。
このデモ参加者は県外各地から集まって朝の慰霊式典から広島にいて
、それから市内を練り歩いているのであろう。
そうであれば、8月6日の広島の街は、朝の式典から夕方まで
左翼一色に塗りつぶされていることになる。
「赤の広場」は原爆ドーム周辺だけでなかった。
この日、全広島市が「赤」になるのである。
この「赤の広島」のなかで、昨年に続いて行われた田母神さんを講師とする
「ふたたび ヒロシマの平和を疑う」は、誠に貴重な集会である。
「赤の広場」における慰霊祭が如何に欺瞞に満ちた間違った前提で
行われているかを天下に明らかにするからだ。
まず第一に、「赤の広場」の前提である、
「安らかにお眠り下さい、過ちは繰り返しませんから」とは何だ。
これは原子爆弾によって殺された犠牲者に安らかに眠れと語りかけ、
自分たちは過ちを繰り返さないから原爆はもう落ちないと言っている。
ということは、殺された犠牲者は、過ちを犯したから原爆が落ちたということだ。
即ち、この語りかけは、日本が悪かったという理屈を立てて原爆の投下を正当化し、
同時に核保有国が決める悪い国に将来核を使用することを容認しているのだ!
これでどうして、安らかに眠れるのだ!
よって「ヒロシマの平和を疑う」集会の最大の意義は、
この慰霊碑に刻まれた欺瞞に満ちた碑文の思想を否定して削除を求めることにある。
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コメント
投稿者: 風呂内雅江 | 2010年08月22日 10:22