今回は西郷さんの墓参をし陸路、熊本に入った。
【西南戦争 最後の司令部(鹿児島・城山)
西郷さんはこの洞窟に4日間こもっていたが、
その時の薩摩軍は300余。
対する政府軍は4万。
死を決した西郷さんはこの洞窟をでて、岩崎谷を下りていった。】


【途中、西郷さんも被弾。
西郷さんは別府晋介を顧みて「晋どん、晋どん、もう、ここらでよか」と言い、
跪座し遙かに東に向かって拝礼した。
そして別府氏の介錯により49歳の生涯を閉じた。】

【南州神社
正面が西郷さんの墓石。】

【左手の林で薩摩軍の亡骸が集められ検視が行われたらしい。】

【南州神社より桜島を望む。
この日、鹿児島は大雨であったが、神社到着時には雨がすっかりあがり、
桜島が綺麗に見えた。 こんな日は珍しいらしい。】

【陸路、鹿児島より熊本入りした為、宮崎をかすめて通過した。
そのため、消毒ポイントを何箇所か通過せざるえをえなかった。
警察も動員され24時間体制で消毒が行われていた。】

【代議士は車中から職員さんに向かい大声で“ごくろうさん!”と激励の声を送った。
(消毒の為、車外にでることができないので・・・)
蒸し暑い中、合羽を着ながらの作業は体力を失う。
当初は宮崎の松下新平議員の激励が兼ねていたが、
電話での応援となった。】


【鹿児島での選挙風景。
堺いや、大阪では公共物にポスターをくくりつければ、
即、警察から指導が入る。たまに、共●党などがやっているが・・・。
ここらでは規制がゆるいのか、この党だけでなく全ての党が信号や標識に
ポスターをくくりつけていた。】

【行程の途中で立ち寄った湯穴温泉。
聞けば、
足をマムシにかまれた男性が病院で、
足を切断しなかればならないと言われたが。
この温泉に1週間通い、傷は完治したという事である。
噂ではなく、本人がこの日、偶然温泉に来ていて直接聞いた話。】

【タオルが茶色に染まる。
奈良・吉野の入波温泉と泉質は同じだろうか・・・?】

【森信三先生の弟子で、熊本県八代市が生んだ超凡破格な教育者徳永康起先生の碑。
八代市立太田郷小学校にて。】

【会場の熊本県護国神社。
茅の輪(ちのわ)くぐりは正月から半年間の罪穢れを祓う夏越しの大祓え。
茅草で作られた大きな輪をくぐると疫病や罪が祓われるとされている。】

【会場の熊本県英霊顕彰館】

【講演風景。
当日は「たちあがれ日本」幹事長の園田博之議員そして
中畑清候補もかけつけてくれた。】

拉致問題の解決に西村真悟の力が必要だ!と思ったらクリック!
「真悟の会・堺」〒599-8272 大阪府堺市中区深井中町1253-1 深井諏訪ビル401 西村真悟・堺事務所内 「真悟の会・堺」
電話 072(277)4140 FAX 072(277)4309 メール: shingonokai@yahoo.co.jp
Copyright (C) 2005-2008 Shingonokai Sakai. All rights reserved.