西村真悟 論文紹介
掲載雑誌:月刊日本 6月号 p.124~127
発行所:株式会社K&Kプレス
コラム名:歴史に学ぶ(三十五)
沖縄県民、斯く戦えり
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【論文より抜粋】
沖縄県民、斯く戦えり
さて、現在、サイパンや沖縄における民間人の死に関して、
特に沖縄では地上戦における悲惨な犠牲者というとらえ方が主流である。
しかも、その非難の先は、民間人を無差別に攻撃して殺したアメリカ軍ではなく
3ヶ月にわたって沖縄を守った日本軍に向けられている。
この風潮は、事実に即したものであろうか。
私は、沖縄の女学生からなるひめゆり部隊を象徴とする多くの事例から
沖縄の民間人戦没者を単なる犠牲者としてとらえ憐れむのは、失礼だと思う者である。
そして、こう思うことこそが、真の慰霊につながると思う。
この事について、以下述べていきたい。
昭和20年3月10日の東京大空襲の10万の死者は、遥か上空から落とされる
焼夷弾によって、突然一方的に焼き殺されたのである。
しかし、同月26日から始まった沖縄戦においては、6月23日までの3ヶ月間にわたって
戦闘が行われた。沖縄県民も軍とともに戦う主体となった。
その結果、12、520人のアメリカ兵を戦死せしめた。
硫黄島の戦いでは、日本軍はアメリカに軍に6、821人の戦死者を強いてアメリカ政府に
衝撃を与えた。そして、沖縄戦においては、軍民はその倍の死者をアメリカに強いた。
日米の圧倒的な火力の格差を思えば、想像を絶する奮闘である。
ここが、一夜にして、逃げまどうしか術がなく、何らの抵抗もできず、焼き殺された
3月10日の10万の東京都民と違うところである。
平和な今を基準にして思うのではなく、その当時に身を置いて判断すれば、
沖縄県民は単なる犠牲者ではない。
3月26日に自決した太田実海軍少将の訣別の電文は、
「沖縄県民、斯く戦えり、後世特別のご高配を賜らんことを」で結ばれている。
なお、同日自決した牛島満陸軍中将の電文にある辞世は
「矢弾尽き 天地染めて 散るとても 魂還り魂帰りつつ 御国護らん」
人がまさに死に至らんとするとき、嘘をいうであろうか。
「沖縄県民、斯く戦えり・・・」これが真実である。
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コメント
投稿者: 赤賊調伏祈願 | 2010年06月20日 20:09