西村真悟 論文紹介

西村真悟 論文紹介

掲載雑誌:WiLL 12月号 p.32~38

発行所:ワック出版

コラム名:特集 追悼、中川昭一

       かけがえのないどう同志を失った


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【論文より抜粋】

ところが、マスコミは中川さんの弁明や、それを裏付ける第三者の証言を一切無視して
美術館での酩酊した行状を捏造して、記者会見を飲酒による「酩酊会見」として放映し続けた。
それも、朦朧状態の場面を何回も連続して繋ぎ合わせて、まるで中川さんが、
記者会見の初めから終わりまでこのようなふらふらの状態であったかのように
視聴者の思わせたのである。
これは許される範囲を超えて、既に虚偽かつ偽装の報道である。
このようなとき、たとえ一社でも、中川さんの弁明を裏付ける事実を報道しておれば、
良識ある国民は正当な判断にいたり、中川さんも嬉しかったであろう。
しかし、全マスコミは、こぞって「酩酊会見」として放映し続けた。

中川さんにとってみれば、これほど執拗で残忍な仕打ちはない。
映像は、隣近所はもちろん、最後の憩いの場である家族と共にいる自らの家庭にも
入っているのだから。
これはすでにマスコミによる「殺人の記録」と言っていい。
このマスコミの執拗さは、中川さんの政治信条と無縁ではない。
我が国のマスコミは、左翼的で戦後体制に安住した上で、独立自尊の日本の誇りを
取り戻そうとする中川さんのような政治家を好んでターゲットにして攻撃し、
その人の評価を地に落とし誇りを引き裂く。
したがって、中川さんは、この我が国の戦後の異様なものと死に至るまで
一人闘っていたといえる。
それ故、心から申し上げたい。
中川昭一さん、本当によく頑張られた、貴方は負けたのではない。と。

(中略)

 思えば、中川さんとの初めての会話は、平成九年の春だったと思う。
私はあまり覚えていないが、中川さんはよく覚えていた。
それは電話での中川さんから私に対する問い合わせだった。
内容は、西村が尖閣諸島に行くという噂が飛んでいるが本当か、どういう考えで行くのか、
ということだったと思う。
中川さんも、中国が不当な領有権を主張する尖閣諸島に重大な関心を持っていたのだ。

 後年、中川さんが拉致議連の会長になられてから、
「あの時、西村さんに電話するのが怖かった」と私に言われた。
なんとナイーブで正直な人だと思うと共に、やはり私は中川さんから当初は
「右翼過激派」と思われていたのかなと思った。

拉致被害者救出運動における拉致議連会長として中川さんの功績は計り知れない。
会長が中川さんでなければ、平成十四年十月十五日に北朝鮮から帰国した五人は、
小泉内閣が北朝鮮に約束した通り、一、二週間の日本滞在の後に北朝鮮に送り返されていた
可能性が大である。

(中略)

しかし、中川昭一さんの棺が覆われた今、改めて思う。
「命惜しむな、名こそ惜しめ」と言われる。
この国家を消し去ろうとするかのような戦後体制のなかで、祖国への愛をもって国家の誇りを
取り戻し本来の日本を再興する為に、勇気をもって持って行動し続けた政治家、中川昭一の名と魂は
残る。
 ここに、無量の日本人が中川昭一を愛していることを君に告げる。
君が日本を思い続けたように、日本と日本人は君を忘れはしない。

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