「新米猫の手会員」第5報 (憂国の反戦右派と亡国の反戦左派)
戦後の日本は63年間にわたり、とにもかくにも戦禍に見舞われることなく平和が続いている。
護憲派と呼ばれる人々は「憲法を忠実に守ってきたおかげであり、
これからも憲法を守っていきさえすれば平和は維持できる」という。
一方で、「現憲法は矛盾だらけであり、このままでは日本は外国からの侵略を受けた場合、
抗しきれない」と叫ぶ。
前者を一般的には左派と呼び、後者を右派と呼んで、互いに相対する思想だとされている。
また左派は平和主義、右派は好戦主義とも言われるが、私は必ずしもそうではないと思う。
少なくとも日本人である限り日本には好戦主義者は存在しないと信じる。
左派であろうと右派であろうと日本人はすべからく反戦主義者であり、
それ以外は無関心派が存在するのみである。
では反戦左派と反戦右派はどう違うのか。
私が思うに、前者は亡国の反戦派であり、後者は憂国の反戦派である。
テレビのニュ-ス番組が、街頭の若者にインタビュ-している映像が報道されていた。
「もし戦争が始まったら、貴方はどうしますか」と問いかけると、若者は「戦争には行かない」
とこともなげに答える。
不思議なことに「私は家族や国を守るために、戦場に行きます」という報道を見たことがない。
今やマスコミはすべからく左傾化の傾向にある。
「戦争には行かない」ということは、どういうことかを考えた挙句の結論ではなく、
「学校に行きたくない」「会社に行きたくない」と同等の拒否反応にしか思えない。
戦争には行かないということは、父母兄弟親族を守ることを放棄して、
自分だけ山奥に逃げ込むということか?
日本国憲法の前文には
「日本国民は恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を自覚するのであって、
平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を維持しようと決意した」とある。
即ち、現憲法は日本国民の生殺与奪権を諸外国に委ねている訳であり、
なんとも卑屈な憲法と言わざるを得ない。
わが国の近隣諸国の中には、「敬虔な仏教徒の国を武力を以って侵略し、100万人以上の死者を
出しながら平然と自治領として統括し、人権弾圧や民族浄化策を推し進める国」があり、
一方では「毎年おびただしい餓死者を出しながら、核開発に血道をあげ、近隣諸国を恫喝し続ける国」
があり、それらの国々に「公正と信義」を求め続けることの無意味さと危険性を認識しなければならない。
このような状況下にあって、右派思想と左派思想のいずれが憂国であり、
いずれが亡国であるかは言うまでもない。
今わが国は、突如として劇的な不況の波に見舞われているが、亡国の嵐もこのように突如として
やってくるのであって、その時になって国防の議論を始めても到底間に合わない話である。
国防と侵略を短絡させて、議論さえ封じようとする、左派思想こそ亡国の危機を招く危険分子と言わざるを得ない。
拉致問題の解決に西村真悟の力が必要だ!と思ったらクリック!
「真悟の会・堺」〒599-8272 大阪府堺市中区深井中町1253-1 深井諏訪ビル401 西村真悟・堺事務所内 「真悟の会・堺」
電話 072(277)4140 FAX 072(277)4309 メール: shingonokai@yahoo.co.jp
Copyright (C) 2005-2008 Shingonokai Sakai. All rights reserved.